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倒壊する巨塔 -アルカイダと「9・11」への道  ~なぜ9・11は起こったのか?~


『倒壊する巨塔 - アルカイダと9・11への道』ー なぜあのテロは起こったのか?


複数のジャンボジェット機を同時にハイジャックし、アメリカ中枢部の建物に突っ込む。世界中を震撼させた2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ。狂気の沙汰を目の当たりにした誰もが考えたはずです。一体なぜあのようなテロが起こったのか。


倒壊する巨塔 - アルカイダと「9.11」への道』 は9.11アメリカ同時多発テロ事件に至る長い道のりを、関係者への綿密な取材と膨大な資料の分析によって、丹念に描き出すことを試みた大作です。著者のローレンスライトは、ウサマ・ビンラディンを始めとするイスラム過激派活動家とアメリカ捜査当局者の辿った軌跡を克明で詳細な描写によって浮かび上がらせることに見事に成功しています。よくここまでの取材ができたものだと驚きを禁じ得ません。本書はピューリッツアー賞を受賞しています。

倒壊する巨塔〈上〉―アルカイダと「9・11」への道

倒壊する巨塔〈上〉―アルカイダと「9・11」への道

 


もちろん、テロに至る過程を詳細に知ったからといって、なぜあのテロが起こったのかという重い問いへの答えが簡単に理解可能な形で見つかるわけはありません。それでもなお、どのような時の流れの中でアルカイダという組織が生まれ、9.11のテロ攻撃を引き起こすに至ったのか、その背景を知ることは止むことのないイスラム原理主義者によるテロ行為について考える上で不可欠と言えるでしょう。その点で本書は極めて有益な知識を与えてくれます。


「アルカイダ」の脅威に気づいたコールマン捜査官

本書冒頭のエピローグは、アメリカ捜査当局の中でいち早くアルカイダの脅威に気がついたダニエル・コールマン捜査官の話から始まります。1993年、CIAからFBIに出向していたコールマン捜査官は、イスラム過激派組織がニューヨークの代表的建造物の爆破を計画しているとの情報の中でウサマ・ビンラディンという名前を始めて耳にします。

この時点ではコールマン捜査官以外に、ウサマ・ビンラディンという男に関心を持つ人間はほとんど存在しませんでした。ビンラディンについての孤独な捜査を重ねたコールマンは「アルカイダ」なる組織が存在し、アメリカへの攻撃準備が進行中であるとの恐るべき結論に到達します。しかしながら、冷戦終結後間もないこの時代、唯一の超大国アメリカに刃向う敵が存在するなど信じがたく、コールマンの訴えを真面目に受け止める人物はいませんでした。


イスラム原理主義の源流 サイイド・クトゥブ

プロローグで、コールマンの孤独な闘いの始まりに触れたのち、本書はイスラム原理主義の源流ともいうべきエジプトのサイイド・クトゥブの生い立ちにまで一気に時をさかのぼります。

サイイド・クトゥブ

サイイド・クトゥブ 出典:REPUBLIKA.co.id

サイイド・クトゥブは1906年エジプトに生まれ、教育省の官僚として42歳の時にアメリカに留学します。生来健康に恵まれず、内向的な性格であったクトゥブはアメリカ留学中に目の当たりにした享楽的な物質主義や性的退廃に嫌悪を抱き、西洋文化の拒絶とイスラム主義への傾倒を深めていきます。

エジプト帰国後クトゥブはムスリム同胞団(非合法組織として弾圧されていた社会宗教運動組織)に加わり、ナセル政権から投獄、拷問などの迫害を受けながら、その過激な思想を発行直後に禁書となる『道しるべ』などの著書に表わしていきます。1966年にクトゥブが国家反逆罪で絞首刑に処せらた後も、その思想は著書を通じて多くの「弟子」たちを生み出し、イスラム過激派組織の勃興とその活動激化に繋がっていきます。

 

イスラーム原理主義の「道しるべ」

イスラーム原理主義の「道しるべ」

 

 ※こちらの『道しるべ』は翻訳者による解説がついています。


アルカイダを育んだ土壌 - イスラム社会と西洋文明の接触

 クトゥブの思想を源流とするイスラム過激派の流れの中で頭角を現し、後にアルカイダの中心人物となったのがエジプトの医師、アイマン・ザワヒリとサウジアラビアのウサマ・ビン・ラディンでした。

ウサマ・ビンラディンとアイマン・ザワヒリ

ウサマ・ビンラディンとアイマン・ザワヒリ(右)出典:ガーディアン


アイマン・ザワヒリはウサマ・ビンラディンが9.11後に姿を消してから、アルカイダを指揮する立場となったため、ビンラディンに次ぐアルカイダのナンバー2であるかのように表現されることがありますが、実際には両者の間柄はトップとナンバー2といった上下関係のようなものではありませんでした。


二人はともに母国を出て、ソ連のアフガニンスタン侵攻に対抗するアフガン・ジハードの根拠地となっていたパキスタンのペシャワールに赴き、そこで出会ったとされています。ザワヒリはビンラディンよりも6歳年長で、子供のころは神童と言われるほど知能が高く、高等教育を受けた医師でした。クトゥブの思想に影響を受け、エジプトにいた頃から急進的イスラム主義組織、ジハード団の中心人物の一人として活動していました。

一方で、ウサマ・ビンラディンは決して頭の良い人物とは周囲からもみなされていませんでしたが、容姿に優れ、性格的に人から好かれる若者でした。サウド王家と密接な関係を持ち、大きな影響力を誇示するサウジアラビア随一の企業家、ムハンマド・ビンラディンの息子として生またビンラディンは、自信に満ちたカリスマ性を備えており、莫大な資金と強力な人脈をもっていました。

1984年にウサマ・ビンラディンはアフガン抵抗運動へのアラブ人参加を呼び掛けていたパレスチナ出身の神学者、アブドゥッラー・アッザームと共にイスラム聖戦士(ムジャヒディーン)の支援組織、MAKをパキスタン内に設立します。

MAKのトップを務めていたアッザームが1989年に爆殺された後(ザワヒリによって暗殺されたとの説も)、トップに就任したのはビンラディンでしたが、彼はザワヒリの考えに従って大きな方針転換を行います。それまでのMAKはアフガニスタン内でのイスラム国家樹立を目指して活動を行う組織でしたが、これを世界中にイスラム国家を樹立するためのジハード集団とすることとし、1988年にアルカイダとして改組します。この路線変更によってソ連のアフガニスタン撤退後に攻撃の矛先をアメリカに向け、13年後に911テロを起こすに至ります。

クトゥブの生い立ちに始まり、ザワヒリ、ビンラディンら本書登場人物たちが歩んだ幾重にも重なる長い道のりを辿ると、アルカイダという過激組織を育んだ土壌は、多数の要素が複合的に絡み合って成立していったことが見てとれます。そして、その要素の多くはイスラム社会と西洋文明の接触の中から生み出されていったものでした。

クトゥブがイスラム原理主義思想をアメリカ留学時に深化させていったことを本書は以下のような言葉で表現しています。

アルカイダという物語は、クトゥブとともに事実上アメリカという地で始まった。

 

「文明の衝突」か「近代化の過程の移行期危機」か

イスラム社会と西洋文明との接触の中から、アルカイダという組織を培う土壌が生み出されていったという話は、アメリカの国際政治学者、サミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』を想起させます。サミュエル・ハンチントンは1996年に出版した『文明の衝突』で、「冷戦終結後の世界では、文明の「断層(フォールトライン)」に沿って紛争が起こる」との考えを示しました。冷戦によって凍結されていた各文明間の対立が解凍され、今後は異文明の接触している「断層」の上での紛争が始まるというものです。
 

文明の衝突

文明の衝突

 

 
出版の5年後に発生した9.11テロは、ハンチントンの不気味な「予言」が恐ろしい形で的中したかのように見えるものでした。冷戦終結直前のソ連によるアフガニスタン撤退によって、アルカイダが攻撃の矛先をアメリカに向けたこともハンチントンの見方と符合しているように思えます。


このハンチントンの「文明の衝突」を「妄想である」と真っ向から否定するのがフランスの歴史人口学者、エマニュエル・トッドです。トッドはイスラムテロの多発は単にアラブ世界の近代化に伴う「移行期危機」における現象に過ぎないと主張します。世界のどの地域でも、識字率が上昇し、社会が近代化していく過程では、伝統社会の崩壊による動揺が起こり、暴力を伴った混乱がしばしば起こるとトッドは言います(日本の明治維新はその一例)。イスラム原理主義者によるテロはその一つに過ぎず、いずれ自動的に沈静化するというのが彼の見方です。
 

帝国以後 〔アメリカ・システムの崩壊〕

帝国以後 〔アメリカ・システムの崩壊〕

 


クトゥブの心をイスラム教に向かわせ思想を過激化させたのは、アメリカの近代的な価値観に適応できないことへの恐怖や劣等感だったのかもしれません。
ザワヒリを過激化させたのは、急速に近代化が進むエジプトで世俗化していた政府による迫害でした。何百年もの間、変わらぬ生活を営んでいた遊牧民の地に、突如石油という巨大な富が出現し、急激な近代化の津波に襲われたサウジアラビアからビンラディンは登場しました。イスラム原理主義者達を生み出したこのような背景は、確かにトッドの言う「伝統社会の崩壊による動揺」であったように見えます。

ハンチントンとトッド両者の見方を念頭においた上で『倒壊する巨塔-アルカイダと「9・11」への道』に描かれた物語を辿ると、より思考を深めることができると思います。

 

倒壊する巨塔〈上〉―アルカイダと「9・11」への道

倒壊する巨塔〈上〉―アルカイダと「9・11」への道